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  • 濱田 知子

補聴器屋さんの思い出話し⑥

N町の「山岸の父つぁん」と「三浦のおじさん」 (手作り地図と幼馴染)

N町の町民センターで「耳の聞こえと補聴器の相談メンテナンスの会」を始めた頃(20年前ごろ)

朝ママチャリに長靴、作業服上下に帽子、首にタオル、手袋代わりに軍手で登場!!

これが初対面の山岸の父つぁん「まいどぉ~~」私「初めまして<m(__)m>」から始まり長い付き合いになった。この山岸さん毎回、自分でポスターの裏面に自作した住宅地図を持参して私が補聴器メンテナンスや納品で行く家を教えてくれるの。朝から夕方までスタッフのようにつき添ってくれるの2年ぐらい続いた。

この方には幼馴染の三浦さんというオジサンがいて、その方も補聴器をしていた。身体を壊して町民センターと空き地を挟んだ向かいの町立病院の2階に入院した時、お互い耳が遠いから補聴器しているのに補聴器相談会をしている町民センターの2階と町立病院の病室とで窓開けて会話しようとする。お互いの安否確認のため補聴器相談会の日は窓辺に立って手を振りあっていた。大声で会話しようとするから三浦さんは看護師に怒られ、山岸の父つぁんは私にうるさい!! と怒られ笑笑。三浦さんが旅立ってしまった後、山岸の父つぁんは町民センターから病室眺めてた「あいつ、昔からいじめられっ子だったんだ。俺が守ってやってたのに一人で先に行きやがって。だいじょうぶなんか?」って。。。だからって追いかけるように行くか?普通。。ありがとうねナビ

ない車だったから、父つぁんの手作り住宅地図ずいぶん助かってたんだよ。


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